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2005年02月16日

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ある日の朝、僕は窓の外の雨粒を取ろうとして手を伸ばした。
小さな欠けらがポトポトと次から次へと僕の手に当たっては、こぼれていった。
落とさぬように両手をそろえて、みたものの幾らも手には残らなかった。

大きくなった僕はある雨の日に気が付いた、彼女も雨粒だったんだ。
僕の手に残った彼女は誕生日に貰った一冊の本と、忘れていった傘一本

投稿者 どあ : 13:10 | コメント (0)

2005年02月11日

井戸の魚

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井戸の中に住む魚は外の広い世界のことを知らないわけではありませんでした。時おり井戸の底までやってくる蛇に聞いたのです。

夏の暑い日でも井戸の底はひんやりと涼しく、蛇は下まで降りてきて涼むのです。魚が外を知らないのに驚いて、ちょうど魚の形をした葉っぱのついた枝やいいにおいのする花をお土産に持ってきてくれることもありました。

魚はお土産も喜びましたが、何よりも外の事を聞くのが好きでした。昼間というのは日ずっと差しているとか、いろんな動物が沢山いて付き合いが大変だとかそういう話です。

外は川と言うのがあっていつも水が流れていて私のような魚がいるのも教えてくれました。しかし、流れている水の中では魚はいつも泳いでいなければならないので疲れるのではないかと心配になって蛇に言いましたが、蛇は笑うだけでした。

真昼になって見上げる外の世界はあまりにも眩しくなり、魚のすむ井戸の底までがキラキラと光り出します。そのとき、魚は自分の住むこじんまりとした住処が少しよそよそしく感じられて落ち着かない気分になりますが、澄んだ水がキラキラと輝いて、少し生えた水草が自分の泳いだ後を優しく撫でるのを見るのは楽しい事でした。

そうしているうちにも井戸の底は元の落ち着きを取り戻し、魚もまた水に体をまかせます。暗くなってくると井戸の底も外の世界も境目がなくなり、このままどんどん上に泳いで行けそうに見えますがそれは出来ないのです。魚も何度も試したのですが水の終わりが体に触れるとそれ以上はあがれないのです。井戸の外では小さな光るものがチカチカして魚を呼んでいるようなのです。

ある日魚が水草をつついていると石がひとつ井戸に投げ込まれ、しばらくしてバケツが落ちてきました。魚はバケツなど初めて見るので良く見ようと近づいていきました。

丸く枠に囲まれて奥は行き止まりになっていました。魚がバケツから出ようと思ったときバケツは魚を入れたまま持ち上がってしまいました。驚いた魚は飛び出そうと思いましたがバケツの縁にぶつかりバケツに戻ってしまいました。井戸の底からいつも見ていた丸い窓がどんどん大きくなって、どんどん眩しくなって何も見えなくなりました。魚は外に出ていたのでした。

魚は外に出た事に驚いていましたが、バケツを投げ入れた女の人も少し驚いていました。「あらあら、小さなお魚だこと」

ここに井戸があるのを聞いて確かめにきたのが、水があるようなので水を汲んでみようと思ったのでした。女の人はバケツに入った小さな魚を彼女の子供に与えようかと思いましたが、少し遠いところに家がありましたので、帰る途中にある小川に逃がしてあげようと思いました。魚のいた井戸から少し離れたところに小川はありました。魚はどうなる事かと心配で小さなバケツの中を一生懸命にクルクル泳いでいましたが、少しして突然ひんやりとした感触と共に勢いよく小川の中に滑り込みました。

そうして魚は井戸から出されて、川の魚になりました。蛇はその少し前に井戸の周りにある草むらにいて、女の人がやる事を見ておりました。少し悲しく思いましたが、ちょっと考え事をしたかのように首を傾げた様子をした後で静かに井戸を離れました。

しばらく経ってからのことですが彼女の小さな子供が来れるようになると危ないので、井戸は木の蓋をされてしまいました。

'04/06/02

投稿者 どあ : 20:02 | コメント (0)